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それは、俺がいつものように『平凡』で店番している時のことだった。
時刻はお昼過ぎ。
普段はほとんど客が来ないのんびりとした時間帯に、店のドアが開いた。
客か。
こんな時間に珍しいな。
そんなことを思いながら、俺は確認していた伝票から顔を上げてドアの方を見た。
「いらっしゃいま……」
そこで言葉を止めた。
ぎょっとしてドアを凝視する。
それもそのはず、店に入ってきたのは客じゃなかった。
「よぉ」
「お前……」
……ノイズ。
そこには、昼間の客以上に珍しいヤツが立っていた。
思わずぽかんとしてノイズを見つめる。
ノイズは相変わらず無愛想な態度で、俺がいるカウンターまで歩み寄ってきた。
手に何やらデカい紙袋をぶら下げている。
なんだ?
つーか何しに来たんだ?
俺はなんとも言えない気分になりながら、ノイズへあからさまな疑いの眼差しをぶつけた。
しっかり警戒しとかないと、コイツ何企んでるかほんとわかんねーからな。
……まぁ何も企んでない時もたまにあるけど、とにかく油断はできない。
「なんだよ、お前がいきなり店来るとか。何か用か?」
俺がじっとり問いかけると、ノイズは持っていた紙袋をどんとカウンターに置いた。
「……これ」
「ん? 何?」
紙袋はずいぶんぎっしりと中身が詰まっているように見える。
なんとなく持ち上げようとしてみて、驚く。
「重っ! なんだよこれ?」
「開けてみれば?」
しらっとした調子でノイズが答える。
……この言い方。ほんと通常営業だな。
わかっちゃいるけど相変わらずな口調にムッとしつつ、俺は紙袋に手を突っこんだ。
「……へ? なんだこれ……、お菓子?」
袋からガサガサと出てきたのは、山のようなお菓子だった。
キャンディ、チョコレート、ガム、パウンドケーキ、キャラメル、ラムネ……
掴み上げた指の隙間から、それらがぽろぽろと零れ落ちる。
「アンタにやるよ」
「え? なんで?」
いきなり大量のお菓子をやると言われても、全く意味がわからない。
「今日ってなんかあったっけ? 何かの記念日とか?」
「いや?」
「じゃあなんで」
「つか、別に記念とか言うほどのことでもねーんだけど」
「ってことは何かあるんだよな? 教えろよ」
ノイズにしては珍しくぼかした言い方だ。
興味をそそられて詰め寄ると、すっと視線が逸らされた。
「別にいいだろ、どうでも」
「良くない。ここまで来てそりゃねーだろ? 教えろって」
「…………」
「ほら、早く」
なんだ? 何があるんだ?
らしくないノイズの態度に、俺はちょっとワクワクしながら答えを促した。
「…………誕生日っつーか」
「へ、誕生日? 誰の」
「俺だよ」
「マジで!?」
驚いて声を上げると、ノイズがうざったそうに眉をひそめた。
「うるせーよ」
「つかお前が誕生日とか全然知らなかったし」
「教えてねーし」
「知ってたらちゃんと準備したのにさ~」
と、そこまで言ってふと気付く。
誕生日とこの紙袋。
どういう関係があるんだ?
……まさか。
「なぁ、この紙袋、これってもしかして……プレゼントって意味じゃねーよな?」
「まぁ誕生日との関係性を考えれば、そういう答えに辿り着くよな」
「いやいやいや、なんでお前がプレゼント持ってきてんだよ。おかしくね? むしろ俺があげる側だろ、この場合」
思わずツッコミを入れると、ノイズはひょいっと肩を竦めた。
「別に祝われたいとか思ってねーし」
「え、だったらこの紙袋は……」
「誕生日って、世間一般的には祝う日なんだろ?」
「あぁ、まぁな」
「つまりそれってさ」
またノイズがふいっと視線を逸らす。
「生まれたヤツにとっておめでたい日、喜ばしい日ってことだよな」
「おめでたい日……。なんか言い方が変だけど、まぁそうだな」
「なら、その当事者が喜ばしいマネをするってのは間違ってねーだろ」
「? 喜ばしい、マネを?」
何言ってるんだ?
ノイズの言い方がややこしくてよくわからない。
問う視線を向けると、ノイズは「わかんねーのか」と言いたげに俺を睨んで小さく溜息を吐いた。
「だから。おめでたい日の当事者の俺が誰かを喜ばせるようなマネしても間違ってねーだろっつってんだよ」
「へ? ……え?」
やっぱり何を言ってるのかすぐには理解できなくて、俺はノイズの言葉を頭の中で何度も繰り返した。
えーと。
それって、要するに……
「……お前の誕生日なのに、お前が俺を喜ばせようとしたってこと?」
「そうだよ」
「なんで」
「…………」
ほんとに意味がわからなかったので聞き返したら、今度はさっきよりも険しい目で睨まれてしまった。
「わかんねーの」
「わかんねーよ」
「俺にとっての喜ばしい日ってことなら、そういう日にアンタを喜ばせることが俺は……、……もういい。これでも食ってろ」
途中で面倒になったのか、ノイズは溜息混じりに言葉を止めると紙袋に手を突っこんだ。
飴を1つ掴み出し、俺へ向かって投げやりに放る。
「っと、なんだよ。すげー気になるな」
追求したかったけど、これ以上はノイズが本気で怒り出しそうだからやめとくか。
「ま、いいや。じゃ、お前にはこれやるよ」
気分を変えることにして、俺はお返しとばかりに紙袋から飴を取り出した。
ノイズの手に飴を押しつけようとして、動きを止める。
……そうだ。
いいこと思いついた。
顔がニヤけそうになるのを我慢して、俺はノイズに渡そうとしていた飴の包み紙を解いた。
「?」
怪訝そうにするノイズへ向けて、取り出した飴を指で摘んで差し出す。
「はい、あーん」
「!」
途端、ノイズが眉を寄せて顔を引いた。
「ふざけんなよ、何やってんだよ」
「ふっふっふー」
こういう反応が返ってくることは想定済みだ。
つーか思った通りになって楽しい。
俺は大人の余裕でにんまりと笑ってみせた。
「いいからいいから。お前、誕生日なのに自分でプレゼント買ってきちゃうとかさ、俺の立つ瀬がねーだろ。だからせめて、あーん」
「……っ」
ノイズの表情に怒りと困惑が浮かぶ。
もしかしたらマジギレされるかもと思いつつ、俺はカウンターから身を乗り出してノイズの唇に飴を当てた。
コイツのこういう顔はなかなか見られないから、ちょっと調子に乗ってる。
ノイズはしばらく人を殺せそうな目つきで俺を睨みつけて……
なんと、口を開いた。
……やった。
俺は少しドキドキしながら、薄く開かれた口の中に飴を押しこんだ。
からん、と飴が歯に当たる音が小さく響く。
「美味い?」
「……別に。つか甘い」
怒るかと思ったけど、ノイズはふてくされた顔になっただけだった。
……ヤバい。楽しい。
「そりゃ甘いだろ。素直じゃねーなぁ、もう」
内心ガッツポーズを取りたい気持ちで、俺はうんうんと数回頷いた。
なんか、ずっと懐いてくれなかった野良猫がやっと触らせてくれたみたいな心境だ。
なんだかんだで歳相応なところがあるんだよな、コイツ。
「…………」
ノイズはニヤニヤを抑えきれない俺を無言で見つめ、さっき俺へ放った飴の包みを掴んだ。
「……じゃ、アンタも」
「え?」
乱暴に包み紙を解いた飴玉が、ずいっと俺の方へ向けられる。
その目は「逃さねーぞ」という静かな気迫に満ちていた。
「ほら」
「う……」
こ、これは……
飴を口元へ差し出されて、怯む。
自分がやる側なら全然平気だけど、やられる側となると結構ハードルが高いな……。
そんな俺の思考を見抜いたのか、ノイズが口端を引き上げる。
「なんだよ、俺の時はノリノリでやったくせに」
「いや……、これってあーんする側は思った以上に恥ずかしいっつーか……」
「知らねーし。いいから早く、ほら」
……くそ。
「……あーん」
恥ずかしさを押し殺して口を開けると、ぽいっと飴が放りこまれた。
舌の上にじんわりと柔らかい甘さが広がる。
……あ、懐かしい。
そういや最近は飴ってあんまり食わなくなったよな。
昔は婆ちゃんがおやつによくくれたけど。
ガキの頃はぶどうとりんご味が好きで、よく婆ちゃんにねだったっけな。
口の中で飴を転がしながら昔を思い出してたら、ノイズが顔を覗きこんできた。
「美味いか?」
「……うん」
「そ。良かったな」
そっけなく言われる。
でも、その返事を聞いたらなんだか妙に嬉しくなってしまった。
馬鹿にするでも否定するでもなく、コイツが素直に肯定するのって珍しい。
それに、ノイズがさっき言おうとしていたことが今頃になってわかってきた。
自分の誕生日に、何故か俺へのプレゼントを持ってきたノイズ。
それって要するに……誕生日ってものをノイズなりに考えてのことだったのかな、とか。
祝われることには興味がないって言ってたけど、俺を喜ばせることがノイズにとっては嬉しいことっつーか……
だから、自分の誕生日なのに俺にプレゼントを持ってきたのかな、とか。
うぬぼれっぽいと思いつつ、多分合ってるんじゃないかって気がした。
「ノイズ」
「ん?」
「誕生日、おめでとう」
まだちゃんと言ってなかった。
俺なりの想いを込めて告げると、ノイズは少しだけ照れた顔でそっぽを向いた。
「……あぁ」
からんと、ノイズが飴玉を口の中で転がす音がする。
一緒に飴を舐めながら、俺は今日という日がますます嬉しくなって笑った。
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イラスト:ほにゃらら
テキスト:淵井鏑
更新日:2013/05/03 · 11:15
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